2025年10月10日金曜日

柿大豊作


 今年は柿が大豊作。

去年が裏年だったので、そのお詫びなのか、もう枝が折れそうなほど実っている。柿大好き犬、鈴ちゃんは大喜び。

momoちゃんが生前時は、ふたりが柿の木の下で落ちてくるのをじっと待っていた。競争なので待っている必要があった。いまは鈴ちゃん一人なので競争相手なし。落ちているのを拾って食べればいいので楽勝。

とても食べ切れないので今年は干し柿でもつくるかなあ。でも我が家の柿は甘柿。甘柿の干し柿は作れるのだろうか。


今朝は銃所持許可申請の最終段階。自宅訪問。ガンロッカーや装弾ロッカーの確認やら配偶者の意見聴取などを行った。無事終了。この段階まで来て、ヨメさんの反対で許可にならなかった例を2件知っている。3件目にならなくてよかった。



2025年10月9日木曜日

亀温泉


 超いい天気の木曜日。お仕事は片付いたので野球観戦。ドジャースは残念ながら負け。相手は赤鬼みたいな連中で顔で負けている。

午後は亀が池温泉でまったり。頂上線の分岐点で撮影。いい景色。

でも実際は強風波浪注意報発令中。釣りには行けない。


明後日は宇和島東高校の同窓会。別に誰に会うわけでもないが散髪に行ってきた。先週の今頃は寝込んでいて、それどころじゃなかったので回復を喜んでいる。みんな元気かなあ。

この齢になると同窓会はいつも物故者への「黙とう」から始まる。対象者にならなくてよかったよ。



2025年10月7日火曜日

フィールドテスト中にシカ、ゲット

 


午後から新製品のフィールドテストに鈴ちゃんと山に行った。ご機嫌に走り回るが獲物がいない。川まで来ると例によって水遊び。これも計算済み。

その後、うまく林道上で獲物を発見した。小型イノシシのようだ。急斜面なので林道に落ちてくると思って装填して待機。どうも大型イノシシのようで斜面を上に逃げた。500m先まで追いかけたところでGPS電波ロスト。次に補足できたのは167mだった。


林道沿いのワナにシカがかかっていた。私が寝込んでいる時に獲れたようですでに死んでいた。大型のオス。

写真撮影が難しい。自分の顔と、確認用紙、獲物が入っている必要がある。スマホを自撮り棒で伸ばして写すが綺麗に撮れない。何度も失敗してもう嫌になった。午後1時に家を出たのに帰ったのは午後5時。疲れた。





2025年10月6日月曜日

復活の月曜日

 



イエス・キリストが復活したのは日曜日だそうだが、私は今日の月曜日から復活。これはISO
規格だね。わが社のカレンダーの週初めは月曜日。法律で決めてある。

午前9時開業の耳鼻科に行ったら、駐車場が満杯。待合室に入ると若い男性がやたら多い。皆さんコロナ検査をお受けになる。コロナ検査の患者は車内待機。すぐに受診できた。喉奥をしっかりと見ていただき、「完治しています。少しポリープが残っていますが、すぐになくなります」と安心のお言葉をいただいた。大病院での検査も不要とのこと。よかったぁ。

残っていた焦電センサーを使った製品の回路を組み上げた。最初、PICにファームウェアを書き込む。このPICを含めたパーツ類を自社オリジナル基板上にハンダしていく。EMS工場に依頼するほどでもないので自分でハンダ作業をするが、我が社製品では最難関組み立てとなる。組み上げると動作テスト。うまく動く。よかった。

トリガー部と接続して、出荷前の最終動作テストを午後行う。。動かない。小一時間考える。午前中、回路は完璧に動くことは確認した。室内がやたら暑いことに気が付いた。焦電センサーは気温に敏感だ。感度を上げたら動き出した。いつもならこんなことはすぐに気がつくはずなのに、やっぱりバカは治っていないようだ。






2025年10月5日日曜日

業務復帰

 


4日ぶりに事務所に出勤した。やっと動けるようになったのでお仕事を片付ける。口もきけるようになったのでお電話案件を少し処理した。やはり相手さんは聞き取りにくいようだ。

振込案件もあった。ゆうちょ銀行間なので、ワンタイムパスワード生成カードを取り出した。相手先口座番号と、自分で生成したワンタイムパスワードをネット側に書き込むだけなのだが、なーんと5回もミスった。これ以上間違えると口座凍結の恐れがあるので、別銀行から振り込んだ。振込手数料がかかるのが悔しい。

長く風呂にも入ってなかったので、温泉に行ってのんびりした。出る時、ロッカーキーと思い込んでシエラのキーを渡して担当者に大笑いされた。

ここ数日でかなりバカになったようだ。残ったお仕事もあるが、この調子でやると大きなミスをしそうで、完全復活まで手を付けないことにした。


2025年10月4日土曜日

病欠

 


三日前から寝込んでいる。血痰が出るようになったので耳鼻咽喉科に駆け込んだ。喉が痛くて飯が食えない。口がきけない。

症状を聞いて真っ先にコロナを疑われた。検査の結果、陰性。鼻からカメラを喉奥に入れて診察。カメラを見ている医師が「うゎあ」と声を出す。火傷をしたような状態になっているらしい。「ガンと言われたことはありませんか」医師が訊いてくる。それを知りたいのは患者だがね。

結局、ウィルス性の咽頭炎ということになった。ウィルスを取り除くお薬を週末に服用して、月曜日に再診する。その結果次第で大きな病院を紹介するそうだ。怖いなあ。

日曜日に計画していた新製品の最終フィールドテストは延期をした。口がきけないのでは打ち合わせにならない。

月曜日までにもっと元気にならねば。



2025年10月1日水曜日

火事

 


ももや丸に燃料補給をしておこうと三瓶に行ったら中心部で大きな煙が見えた。近づいてみると消火の真っ最中。

そういえば三十数年前、わが生家も焼けた。その時、家族4人でヨットクルージングをしていた。三瓶のヨット仲間と2艇で由良半島先端にあるペンションを予約して、日振島で一度休憩をして夕方ペンションに到着した。そこに生家が火事と電話があった。

一日かけて来ているので帰るのはたいへんと思ったが、よく考えると由良半島なので陸路が使える。タクシーを呼んで3時間かけて生家に戻ったらまだ燃えていた。田舎の一軒家なので後の処理を考えると最後まで燃やしたほうがいいという判断で消防団のみなさんとビールを呑みながら燃えるのを見ていた。のんびりした時代だった。

翌朝、現場検証があった。正確な火元が分かるのには驚いた。残った柱などの燃え方から分かるそうだ。父は左利きだったが、父が座っていた左側に灰皿があって、これが火元だった。

その後、叔父が重機を借りてきて後始末は30分で終わった。

卒業証書もアルバムもなくなったが、2社の火災保険に入っていたので保険金がたっぷり出て、父はパチンコ三昧。当時は按分なんて用語もなかった。その後、わが家でペンションの話しがでると「焼けペン」と言うようになった。

そんな事を思い出しながら火事を見てきた。


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